金沢地方裁判所小松支部 昭和57年(ワ)135号 判決
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【判旨】
一1 北信<編注・北陸信用金庫>が昭和五二年三月一四日、太田絹織<編注・太田絹織株式会社>との間で本件信用金庫取引契約を結んだこと、本件信用金庫取引契約に基づいて発生する太田絹織の債務につき、被告、太田勝則、東出伊栄の三名が右同日、原告が昭和五四年三月九日にそれぞれ北信との間で連帯保証契約を結んだことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、北信が太田絹織に対し本件信用金庫取引契約に基づき昭和五七年七月三一日限り、別紙計算書記載のとおり合計四八四九万九一九二円の手形貸付及び手形割引債権を有していたので、原告は右同日、前記連帯保証契約に基づき、右同日までの損害金七三一万七一八九円と元金の一部三五八六万四八一四円を北信に支払い、その余の元金の免除を受けるとともに、北信から北信が太田勝則所有の不動産等に対して有していた根抵当権を譲り受けたこと、右不動産等は金沢地方裁判所小松支部において競売(同支部昭和五七年(ケ)第二四号)に付され、昭和五八年四月二一日、原告に対し、三三一二万二七八五円が配当されたこと(原告が右同日、三三一二万二七八五円の配当を受けたことは当事者間に争いがない。)を認めることができる。
2 ところで、原告は、右配当金を前記認定の損害金、右元金の一部三五八六万四八一四円に対する昭和五七年八月一日から昭和五八年四月二〇日まで年一八・二五パーセントの割合による損害金、右元金の一部三五八六万四八一四円の順に充当した旨主張するが、原被告を含む四名の連帯保証人間において求償債権に対し年一八・二五パーセントの割合による損害金を支払う旨の合意の存したことを認めるに足りる証拠はないから、原告は、右利率の損害金を他の連帯保証人に求償できず、民法四五九条二項、四四二条二項に基づき、右代払金四三一八万二〇〇三円及びこれに対する代払の日である昭和五七年七月三一日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による損害金を他の連帯債務者に求償しうるにすぎないことになる。
そこで前記配当金を右方法に従つて前記代払金等に充当するに、原告の主張にあわせ昭和五八年四月二〇日現在の前記代払金四三一八万二〇〇三円に対する損害金の額を算出すると一五六万一六五〇円()となるから、前記配当金を右損害金、右代払金の順に充当すると、原告が他の連帯保証人に対し求償しうる債権の額は一一六二万〇八六八円(式4318万2003円+156万1650円−3312万2785円=1162万0868円)
及びこれに対する昭和五八年四月二一日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による損害金となる。
3 したがつて、以上によれば、被告主張の抗弁が理由のない限り、原告は被告に対し、右求償債権の四分の一に当たる二九〇万五二一七円及びこれに対する昭和五八年四月二一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を求償しうることになる。
二そこで、次に本件連帯保証契約の帰趨について検討する。
1 被告が昭和五四年二月二〇日、太田絹織の取締役を辞任し、同社を退社したことは当事者間に争いがなく、右事実に<証拠>を総合すれば、
(一) 太田絹織は昭和二六年六月に設立された会社であり、その代表取締役は太田庄太郎であつたが、右庄太郎は昭和四四年六月に死亡し、太田勝則がその代表取締役に就任したこと、被告は昭和二七年一二月、右庄太郎の二女智恵子と結婚したうえ、昭和二八年四月、太田絹織に入社し、その後程なくして同社の取締役に就任し、以来昭和五四年二月までその職にあり、主に総務、経理の仕事を担当していたこと、東出伊栄は右庄太郎の三女美栄子の夫であり、昭和三五年一〇月ころ、太田絹織に入り、主に現場管理の仕事を担当してきたが、昭和五四年二月、同社の取締役に就任し、経理の仕事を担当するようになつたこと
(二) 前記のとおり、太田絹織は昭和五二年三月一四日、北信との間で本件信用金庫取引契約を結び手形貸付及び手形割引取引を始め、太田勝則、東出伊栄、被告は右同日、太田絹織が右信用金庫取引によつて北信に対して負担する債務につき連帯保証契約を結んだこと、また太田勝則はそのころ右取引によつて生ずる太田絹織の債務を担保するために同人所有の不動産に極度額一二〇〇万円の根抵当権を設定するとともに、昭和五三年五月には同人所有の不動産等につき更に極度額二四〇〇万円の根抵当権を設定したこと、本件信用金庫取引契約のみならず、本件連帯保証契約にも、取引(保証)限度額及び取引(保証)期間については全く定められなかつたこと
(三) 太田絹織と北信との前記金融取引が昭和五三年一〇月末には右極度額三六〇〇万円を超えたこともあつて、そのころから北信は太田絹織に人的若しくは物的担保の提供を求めるようになつたこと
(四) 被告は、太田勝則の経営方針に賛成できなかつたうえ、同人から被告所有の土地、建物を担保に提供するように求められたので、これを断るとともに昭和五四年二月二〇日、太田絹織の取締役を辞任し、同社を退社したこと、また同人の妻も右同日、同社の監査役を辞任したこと、そして、その際、被告は太田勝則に対し、被告が右当時、北信、加南信用金庫、加州相互銀行等との間で結んでいた連帯保証契約(主債務者はいずれも太田絹織)を解約してもらいたいと申入れ、同人からその同意をえたこと
(五) 被告はその翌日ころ、右北信の大川町支店に赴き、同支店長辻忠弘に対し、太田絹織の取締役を辞任したから本件連帯保証契約を抜いてもらいたい旨申込んだこと、北信においては継続的保証契約における保証人の脱退あるいは変更は支店長の専権事項ではなく本店の禀議事項であつたこと、そのためか右辻支店長は、被告に対し所定の手続をとるよう求めるとともに、太田勝則若しくは東出伊栄に対し、被告から右申込があつた旨を連絡し、「保証人脱退契約書」を交付したこと
(六) しかしながら、いかなる事情によるか不明であるものの、太田絹織から右「保証人脱退契約書」は提供されなかつたのみならず、被告が本件連帯保証契約を抜けるための手続はその後全く進展しなかつたこと
(七) 前記のとおり太田絹織は昭和五三年暮ごろから増担保を要請されていたうえ、その後も北信との手形割引取引が増え、しかも昭和五四年二月には被告が本件連帯保証契約を解消したいと申込んだこともあつて、被告の後を継いで経理を担当することになつた東出伊栄は、原告に対し、本件信用金庫取引契約に基づく取引によつて太田絹織が負担する債務を保証してもらいたいと依頼し、同人の承諾をえ、その結果、昭和五四年三月九日、原告と北信との間で太田絹織の右債務を連帯保証する旨の合意が成立したこと、原告と前記庄太郎とはいとこの関係にあること
(八) 右当時、被告のみならず、北信大川町支店長辻忠弘も、本件連帯保証契約を一方的に解約しうる場合が存することを知らず、本件連帯保証契約は合意解約されない限り有効であると思料していたことを認めることができ、<る。>
2 右認定の事実によれば、被告が昭和五四年二月二一日ころ、北信に対してなした意思表示は、本件連帯保証契約を合意解約する旨のそれであつて、本件連帯保証契約を一方的に解約する旨のそれではなかつたことが明らかである。
してみると、被告から本件連帯保証契約を一方的に解約する旨の意思表示がなされたことを前提とする被告の主張(抗弁一、二)はいずれもその前提を欠き失当である。
また、前記認定の事実によれば、被告からなされた本件連帯保証契約を合意解約する旨の申込は原告の承諾がえられず、合意に達しなかつたことが明らかであるから、合意解約が成立した旨の被告の主張(抗弁三)も理由がない。
3 しかしながら、前記認定の事実によれば、被告が本件連帯保証契約を合意解約する旨の意思表示をなしたのは、被告が本件連帯保証契約を解消する方法として、合意解約と一方的解約の二つの方法が存することを認識したうえで、そのうちの片方を選択してなしたものではなく、本件連帯保証契約を解消する方法として一方的に解約しうる場合の存することを知らず合意解約をするほかはないと思料していたためにすぎず、もし仮に被告が本件連帯保証契約を一方的に解約しうる場合の存することを知つておれば、合意解約の意思表示と一方的解約のそれの双方をしたものと推則(ママ)され、しかも北信においても、もし仮に本件連帯保証契約を一方的に解約しうる場合の存することを知つておれば、被告の取締役を辞任したから本件連帯保証契約を抜いてほしい旨の意思表示それ自体若しくはその真意を若干質すことによつて、被告が右二つの意思を有することを容易に理解しえたと解されるうえ、合意解約の申込も一方的解約の申入も結局本件連帯保証契約を解消する旨の意思の現れであることにおいて社会的目的を同じくするものであり、しかも、合意解約と一方的解約とはその法的効果を同じくするものであることに照らすと、「取締役を辞任したから本件連帯保証契約を抜いてほしい。」旨の被告の意思表示は、合意解約が成立しなかつた場合には「取締役を辞任したこと」を理由とする本件連帯保証契約の一方的解約の意思表示であると解するのが相当である。そして、被告の抗弁三は右主張を含むものと解するのが相当である。
4 そこで、「取締役を辞任したこと」を理由とする被告の一方的解約の申入が有効であるか否かについて検討する。
ところで、期間の定めのない継続的保証契約は、保証人の主債務者に対する信頼が害されるに至つたなど保証人として解約申入をするにつき相当な理由がある場合には、右解約により債務者に信義則上看過できない損害をこうむるような特別の事情がある場合を除いて保証人から一方的に解約できるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三九年一二月一八日判決民集一八巻一〇号二一七九頁)。
これを本件について見るに、前記認定の事実によれば、被告は北信との間で本件連帯保証契約を結んだものの、その実質は太田絹織の保証人であり、本件連帯保証契約には保証限度額も保証期間も定められていなかつたこと、被告は本件連帯保証契約を結んでから約二年後である昭和五四年二月二〇日に太田絹織の取締役を辞任し、同社を退社したのであるから、被告の太田絹織に対する信頼は害され、被告からの解約申入をなす相当な理由がある場合に当たるというべきであり、右当時被告が本件連帯保証契約を一方的に解約しても、そのことによつて北信が看過できない損害をこうむる特段の事情の存することの立証もない。
してみると、被告の一方的解約の申入は有効だというべきである。
5 これに対し、原告は、被告が本件連帯保証契約を一方的に解約することは北信に特段の損害をこうむらすから一方的解約の申入は信義則上無効である旨主張する(再抗弁一)が、一方的解約の申入をすることによつて北信が特段の損害をこうむることを認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりであるのみならず、仮に原告主張のとおり右当時太田絹織と北信との手形取引額が被告の努力によつて増大しつつあり、北信から増担保を求められていたとしても、解約当時までに発生した太田絹織の債務については被告も連帯保証するのであるから、右事実をもつて右特段の事情に該当すると解することもできないから、いずれにせよ原告の右主張は理由がない。
6 また原告は、仮に被告が本件連帯保証契約の一方的解約を申入れたとしても、その際、被告は北信に説得されて右申入を撤回した旨主張し(再抗弁二)、<証拠>中にはそれにそう証言部分も存するが、前記認定の被告が太田絹織を辞めるに至つた事情並びに北信が右当時太田勝則若しくは東出伊栄に対し、「保証人脱退契約書」を交付していることに照らすと、右証言部分は容易に措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
してみると、原告の右主張は理由がない。
7 したがつて、以上によれば、本件連帯保証契約は昭和五四年二月二一日ころ、解約されたというべきであり、また原告が代払をした本件債権が右解約後に発生したものであることは原告の自認するところである。
三 してみると、原告の本訴請求は理由がないことになるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(澤田経夫)